水上勉「雁の寺」原文より
胸元につきあげてくるような、愛しさがあった。それをこらえきれないままに里子は不意に慈念を羽交いじめに抱きしめていた。
「慈念はん、あんた、かわいそうや、うち、みんなはなしきいたえ」
里子はやさしくあえぐようにいった。慈念は、ふくよかな白い里子の乳房の上へ頭をすべらせて、じっとしていた。その目はうるんだようにみえた。
里子は膝の中へ慈念をはさんだ。汗くさい慈念の頭が乳房を撫でている。激情が里子をおそった。彼女は乳房のあいだへ慈念の顔を押しつけると、「なんでもあげる。うちのものなんでもあげる」といった。
すると、慈念は急に軀ごと力を入れて、里子を押し倒した。
格子戸の外に風が出て、庭木の葉ずれがはげしく鳴った・・・
雁の襖絵で知られ、雁の寺と呼ばれている衣笠山の麓の孤峯庵。
戒律厳しい禅寺で、ただれた愛欲にふける住職と愛人。そしてその痴態を冷たい目で覗き見る少年僧。
この奇妙な三角関係が、やがてとんでもない事件へと発展していく…
水上勉の直木賞受賞作を1962年、川島雄三監督が若尾文子主演で映画化。
官能とサスペンスにあふれた文芸ドラマの傑作。
物語のなかの京都

千重子は「御旅所」の前に行って、蝋燭をもとめ、火をともして、神の前にそなえた。祭りのあいだは、八坂神社の神も、御旅所に迎えることになっている。御旅所は、新京極を四条へ出たあたりの、南側にある。
その御旅所で、七度まいりをしているらしい娘を、千重子は見つけた。・・・・・
娘は食い入るように千重子を見つめた。「なに、お祈りやしたの?」と、千重子はたずねた。「見といやしたか。」と娘は声をふるわせた。
「姉の行方を知りとうて・・・・・。あんた、姉さんや。神様のお引き合わせどす。」と、娘の目に涙があふれた。たしかに、あの北山杉の村の娘であった。
産まれてすぐ別々に引き裂かれた双子の姉妹の出会いと別れを、京都の美しい自然や風物詩を背景に叙情的に描いた文芸ドラマ。
ただ一度だけ姉妹水入らずの夜を過ごした二人。
苗子は翌朝早くに千重子をゆりさまして、「お嬢さん、これがあたしの一生のしあわせどしたやろ。人に見られんうちに帰らしてもらいます。」とひとり雪の中を帰っていった。

四条烏丸の交差点は、東西南北の各通りから、人がなだれ込み、とんでもない混雑ぶりを見せていた。交差点の先には、山鉾が重なり合って、巨大な将棋の駒のように四条通にそびえ立っている。屋根から吊り下げられた何十もの提灯はまるで、しだれ柳か、干し柿か、みたらし団子のようだった・・・
京都の街を舞台に、鬼を操る謎の学生サークルが繰り広げる4大学対抗バトルを描いた万城目学のベストセラー小説。奇想天外にして摩訶不思議な競技「ホルモー」が京の街に炸裂する。
山田孝之主演の映画を先に観たはずだが、よく覚えていない。あまりの馬鹿馬鹿しさに途中で居眠ってしまったらしい。原作はつい最近読んだが、結構面白く一気読みしてしまった。万城目学は京大法学部卒で、私よりふた周りも年下の作家だそうだ。

京都・東本願寺そばにある鴨川食堂には、暖簾も、看板もありません。
「思い出の食、捜します」という一行広告だけを頼りに、ようけだどりつかはります。
はて、今日の迷い人は、どなたさんですやろなぁ…
こんな可愛らしい装丁からして、作者の柏井 壽なる人物は女性に違いないと思い込んでいたが、完全に騙された。
作者はなんとわたしと同い年の(1952年京都市生まれ)京都市北区の歯医者のおっさんだった。
しかも『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズなど京都を舞台にしたミステリーを数多く執筆している柏木圭一郎先生の本名だったのだ。
それにしても萩原健一の京言葉はなんとかなりませんやろか・・・

梶井基次郎 「檸檬」原文より
何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。
・・・いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。
主人公が檸檬を買い求めた「八百卯」は2009年の秋まで営業を続けていたが、ついに閉店してしまった。舞台になった書店「丸善」も2005年に閉店したが、昨年10年ぶりに復活したらしい。

「西陣京極のある千本中立売から、西へ約一丁ばかり市電通りを北野天神に向かって入った地点から南へ下る、三間幅ほどしかない通りである。この通りは丸太町まで千本と並行してのびているが、南北に通じるこの通りを中心にして、東西に入りこむ通りを含めて、凡そ二百軒からなる家々は軒なみ妓楼だった・・・」
貧しさゆえに五番町に売られ娼妓となった夕子と、同郷の幼なじみの学生僧、正順との悲恋物語。その美貌から五番町でも一二を争う娼妓となった夕子だったが・・・
正順は仏の道への幻滅と怒りから寺に放火し、留置場で自殺する。肺病を患い病院で療養中であった夕子は、事件を知りひとり故郷に戻って正順の後を追って自らの命を絶った。
しげ爺さん
しげ爺さん