
「矢取地蔵」は東寺の西、羅城門跡の隣に今も大切に祀られています。
時は平安初期、嵯峨天皇の命で造営された東寺と西寺は、その勢力を互いに競っていました。
東寺には今に続く真言宗の開祖・空海がおり、一方の西寺には守敏(しゅびん)という僧がいました。
ある年のこと、日照りが続き人々が飢えと渇きに苦しんでいたので、淳和天皇は空海と守敏に神泉苑で雨ごいを命じました。先に守敏が祈念しましたが、雨は一向に降りません。対して、空海が願をかけると三日三晩にわたって雨が降り続き、見事人々を救ったのでした。腹の虫が治まらない守敏は、羅城門近くで空海を待ち伏せて矢を放ちます。その時、お地蔵さまの化身が現れて身代わりに矢を受け、空海は難を逃れました。
そのお地蔵さまは「矢取地蔵」と呼ばれ、いまでも人々の信仰を集めています。











